



記事投稿日:2026/07/12
本記事は、アメリカの先行事例から日本のクラフトビール市場の現在地と今後を考える、全4回の連載企画です。
第2回では、アメリカ市場の成長と調整の歴史をたどりながら、2026年7月現在の日本がどの段階にあるのかを考えます。
第1回「アメリカのクラフトビール市場はなぜ曲がり角を迎えたのか」を読む
では、2026年7月現在の日本も、同じような曲がり角に差しかかっているのでしょうか。

2026年7月現在、日本のクラフトビール市場は、全国で見ればまだ成長期にあると考えられます。

日本のクラフトビール市場に成長余地が残っていると考えられるのは、単に「まだ飲んでいない人が多そうだから」ではありません。
これまでクラフトビールを購入していなかった人を取り込んだ商品や、全国で続くブルワリーの新規参入、観光や地域づくりと結びついた取り組みが、すでに具体的な形で表れています。
もちろん、商品が売れたことやブルワリー数が増えたことだけで、市場全体が順調だとは判断できません。
それでも、これまで届いていなかった顧客や、ビール以外の産業と結びつく余地が残っていることは、日本市場を考えるうえで重要な材料になります。
日本市場の成長余地を示すひとつの例が、それまでクラフトビールを買っていなかった人の取り込みです。
キリンビールが2021年に公表した調査では、「SPRING VALLEY 豊潤<496>」購入者の約7割が、従来のクラフトビール非購入者でした。
ここでいう非購入者とは、調査期間中にクラフトビールを購入していなかった人を指します。
大手メーカーによる全国販売の商品なので、小規模ブルワリーの成功例とそのまま同列に扱うことはできません。
それでも、味わいの特徴を分かりやすく伝え、スーパーやコンビニなどの身近な売場で購入できるようにすることで、従来のファン以外にもクラフトビールを届けられることを示した事例です。
クラフトビールという言葉を知っていても、実際には購入したことがない人や、日常的には選んでいない人が少なくありません。
市場を広げるには、熱心なビールファンへ珍しい商品を届けるだけでなく、最初の一杯を選びやすくする工夫も必要です。
苦味が強そう、価格が高そう、種類が多くて選びにくいと感じている人にも、入り口となる商品や飲用機会を用意できれば、市場の裾野はさらに広がります。
もうひとつの成長材料は、日本各地で新しいブルワリーの開業が続いていることです。
国税庁の「酒のしおり」には、地ビールに関係する製造免許場数の長期的な推移が掲載されています。
1994年の規制緩和後に第1次地ビールブームが起こり、その後は淘汰の時期もありましたが、2010年代以降は再び小規模な醸造所が各地で増えてきました。
飲食店を併設するブルーパブ、地域企業が新規事業として始めるブルワリー、移住者による小規模醸造所など、参入する事業者の背景も多様になっています。
ただし、ブルワリー数が増えていることを、そのまま需要の増加と考えることはできません。
第一回で見たアメリカのように、市場の伸び以上に事業者が増えれば、酒販店の棚、飲食店のタップ、イベントの出店枠をめぐる競争が激しくなる可能性があります。
国税庁の「地ビール製造免許場数」は、日本で一般に使われる「クラフトブルワリー数」と完全に一致するものではありません。発泡酒免許でビール系飲料を製造する事業者もいるため、数値を見る際には統計上の区分に注意が必要です。
それでも、都市部だけではなく各地で参入が続いていることは、クラフトビールが一部の愛好家だけの市場から、地域事業の選択肢へ広がっていることを示しています。
今後は、ブルワリーの数が増えたかどうかだけでなく、開業した事業者が地域の需要をつくり、継続的に経営できているかを見ることが重要になります。
日本のクラフトビール市場には、ビール単体の販売だけでは測れない成長余地もあります。
その代表が、農業、観光、飲食、地域交流などとクラフトビールを組み合わせる取り組みです。
岩手県遠野市は、国内有数のホップ産地として知られています。
遠野市では、ホップ畑の見学、農家民宿、ブルワリー、飲食店、ビールイベントなどを結びつけ、地域全体でホップとビールを楽しむ観光づくりが進められてきました。
2026年に日本観光研究学会誌へ掲載された遠野市のビアツーリズムに関する研究では、農家民宿や駅を起点にホップ畑などを巡る観光パターンが確認されています。
同研究では、ビアツーリズムが農業振興や観光振興に活用され、地域事業者の連携や、観光客へ伝える地域ストーリーの形成にも寄与したと整理されています。
ビールを完成品として販売するだけでなく、原料となるホップの畑や生産者、土地の風景まで含めて体験にした事例です。
神奈川県三浦市で醸造所を運営するクラフトガレージも、地域との連携を軸にした事例です。
日本政策金融公庫の創業事例では、同社が三浦市や地元企業と連携し、クラフトビールを新しい地域文化として定着させようとする取り組みが紹介されています。
目指しているのは、観光客に商品を一本買って帰ってもらうだけではありません。
地域のレストランや小売店でもビールを楽しめるようにし、旅行者が三浦エリアで過ごす時間を延ばすことを通じて、地域活性化につなげる構想です。
観光地でクラフトビールが飲まれれば、飲食店、宿泊施設、農家、交通、土産物店などにも消費が広がる可能性があります。
クラフトビールを地域を巡る入口にできることは、日本市場に残された成長余地のひとつです。
遠野市や三浦市の事例が、すべての地域でそのまま再現できるわけではありません。
ホップ産地、海産物、温泉、キャンプ、音楽、祭りなど、組み合わせられる地域資源は場所によって異なるからです。
しかし重要なのは、ビールを造って販売するだけでなく、その土地を訪れる理由や、地域で過ごす時間の中へクラフトビールを組み込むことです。
商品による新規顧客の取り込み、新しいブルワリーの参入、観光や地域事業との連携。この3つは、日本のクラフトビール市場がまだ完成した市場ではなく、新しい需要をつくれる段階にあることを示しています。

日本の現在地を考えるには、アメリカのクラフトビール市場がどのように成長したのかを知る必要があります。
細かな年代や出来事をすべて追いかけると話が複雑になるため、ここでは大きく4つの段階に分けて見ていきます。
アメリカでも、長い間、ビール市場の中心は大手メーカーが造る飲みやすいラガーでした。
そこへ、地域の小さな醸造所が、香りの強いエールや苦味のあるビール、伝統的な欧州スタイルなどを持ち込みます。
1978年には家庭での自家醸造が連邦レベルで合法化され、その後の小規模ブルワリー文化を支える土台が整っていきました。
現在では当たり前になったIPAも、当時の消費者にとっては新鮮な存在でした。
「ビールにはこんなに多くの味があるのか」という驚きが、クラフトビール市場の出発点になりました。
新しい味を求める人が増えると、各地でブルワリーが誕生しました。
自分の住む街で造られたビールを飲み、造り手と話し、地域のブルワリーを応援する文化も育っていきます。
タップルームはビールを購入するだけの場所ではなく、友人と集まり、地域の人と交流する場所になりました。
旅行先でブルワリーを訪ねることも、クラフトビールの楽しみ方として定着していきます。
人気が高まると、多くのブルワリーが設備を増強し、州外のスーパー、酒販店、飲食店へ販路を広げました。
市場全体が伸びている間は、多く造り、広い地域へ届けることが売上の増加につながります。
新商品を発売すれば注目され、新しい地域へ進出すれば新規顧客を獲得できました。
2016年には米国のクラフトブルワリー数が5,000軒を超え、2018年には7,000軒を超えています。急速な事業者数の増加は、この時期の市場拡大を象徴しています。
この時期の成功体験が、多くの事業者に設備投資や事業拡大を促しました。
ところが、売場や飲用機会には限りがあります。
2020年代に入ると、市場全体の伸びが鈍り、原材料費、物流費、人件費の上昇も重なりました。
同年は米国のビール市場全体も数量ベースで5.7%減少しており、クラフトビールだけが苦戦しているわけではありません。
アメリカで起きているのは、クラフトビールそのものが支持されなくなったという単純な変化ではありません。


Googleトレンドを見ると、日米で「craft beer」「クラフトビール」がどの時期に注目されてきたのかを確認できます。
Googleトレンドが示すのは検索関心の相対的な変化であり、クラフトビールの売上高や販売量そのものではありません。また、各グラフの100は、それぞれの地域と期間における検索人気のピークを示すため、日本とアメリカの検索回数を直接比較することもできません。
検索関心が高まった時期は市場が広く知られ始めた時期を考える手がかりになりますが、検索数の増減だけで市場の成長や縮小を判断することはできません。

*DTC(消費者への直接販売)
アメリカの市場が調整期に入ったからといって、日本も同じ順番、同じ速度で進むとは限りません。
両国では国土、交通、流通、飲食文化、酒税制度、観光のあり方が異なるからです。
| 比較項目 | アメリカ | 日本 |
|---|---|---|
| 移動 | 車でブルワリーを訪れる地域が多い | 都市部では鉄道や徒歩で訪れやすい |
| 流通 | 州を越えた広域流通が成長を支えた | 飲食店、観光地、地域販売との組み合わせが多い |
| 地域性 | 地元ブルワリーを応援する文化が強い | 食、温泉、農産物、祭りなどと組み合わせやすい |
| 販売機会 | 大型スーパーや酒販店への流通 | 土産、ギフト、ふるさと納税なども活用できる |
アメリカの成長期には、生産量を増やし、販売地域を広げることが成功の分かりやすい形でした。
日本でも全国流通を目指すブルワリーはありますが、すべての事業者が同じ規模を目指す必要はありません。
多く造ることよりも、限られた量を利益を残して売り切る方が、その地域に合っている場合もあります。
クラフトビールが好きな人だけを集める店は、熱心なファンにとって魅力的です。
ビールだけを目的に来てもらうのではなく、楽しく過ごした結果としてビールを知ってもらう発想です。
ブルワリーが多い都市部では、単に「自家醸造のクラフトビールがあります」だけでは違いを伝えにくくなっています。
料理、店舗の雰囲気、接客、イベント、限定商品など、その店を選ぶ理由が必要です。
一方、地方では、まずクラフトビールを知ってもらい、地元で飲める場所を作ることが市場の入口になる場合があります。

ここまでの日米比較から、日本のクラフトビール市場をひとつの言葉で表すなら、「成長期の後半」が近いでしょう。
クラフトビールを知らない人へ届ける余地があり、地域や観光と組み合わせた新しい需要も作れます。
日本は、成長期から成熟期へ一斉に移るのではありません。
成長の余地を残した地域と、すでに競争が始まった地域が同時に存在しています。
2026年7月現在、日本のクラフトビール市場は、全国で見ればまだ成長途中です。
ただし、都市部や一部の販路では、アメリカがピーク期の前後に経験したような競争が始まっています。
今後重要になるのは、アメリカと同じ規模や方法を目指すことではありません。
自分たちの地域では、誰が、どこで、どのような場面でビールを飲むのかを考えることです。
2026年7月現在、日本のクラフトビール市場は、全国で見ればまだ成長の余地を残しています。
アメリカは、黎明期、成長期、拡大期を経て、市場全体の生産量が減少する調整期へ入りました。
日本はアメリカより遅れているのではなく、アメリカとは異なる条件の中で成長しています。
これから問われるのは、珍しいビールを造れるかどうかだけではありません。
全4回・第2回
連載「アメリカから読み解く、日本のクラフトビール市場」
アメリカの成功策は、日本でもそのまま通用するのか?
直販、タップルーム、観光、地域連携。米国の先行事例を踏まえながら、日本のクラフトブルワリーに合う戦略を考えます。