


記事投稿日:2026/09/05
本記事は、アメリカの先行事例から日本のクラフトビール市場の現在地と今後を考える、全4回の連載企画です。
最終回となる第4回では、生産量、設備、タップルーム、直販と卸売など、クラフトブルワリーを事業として成立させるための経営設計を考えます。
良いビールを造ることと、ブルワリー経営がうまくいくことは、同じではありません。
設備を増やせば、より多くのビールを造れます。しかし、それだけ固定費や維持費も増えます。
販路を広げれば売上は増える可能性がありますが、物流費や卸売マージンが増え、直販とは収益構造が変わります。
タップルームを作れば消費者へ直接販売できますが、家賃、人件費、営業時間、飲食設備など、新しいコストも発生します。
つまり、小さなクラフトブルワリーに必要なのは、「どれだけ造れるか」だけを追うことではありません。
自分たちの商圏で見込める需要を踏まえ、その規模に合った設備や人員、販売方法を考えていくことです。
ブルワリーを始めるとき、設備容量は非常に大きな判断になります。
大きなタンクを入れれば、一度に多くのビールを造れます。
しかし、そのタンクを活用できるだけの販売先や需要がなければ、設備を十分に生かせない可能性があります。
そこで最初に考えたいのは、「何リットル造れる設備が欲しいか」ではありません。
年間にどれだけ販売できそうかです。
設備の規模を先に決めるのではなく、想定する販売量や販路を踏まえて設備構成を検討する考え方です。
日本でビールを製造するには、製造場ごとに酒類製造免許が必要です。
国税庁によると、ビール製造免許では、免許後1年間の製造見込数量が原則60kL以上であることなどが審査されます。
60kLは、1年間で6万リットルです。
330mL缶に単純換算すると、約18万本分に相当します。
60,000L ÷ 0.33L ≒ 約181,800本
ただし実際には、樽販売、グラス販売、仕込みロスなどがあるため、この本数をそのまま販売本数として考えるものではありません。
一方で、国税庁の過去の分析では、実際のビール製造場の中には年間製造量60kL以下のところも確認されています。
つまり、「免許を取ったら毎年必ず60kLを販売しなければならない」という意味ではありません。
免許取得時の要件と、実際の事業運営上の製造量は分けて理解する必要があります。
製造業では一般に、設備を大きくすると1単位あたりの生産コストを下げやすくなります。
クラフトビールでも、原料購入、包装、仕込み回数、人件費などに規模のメリットはあります。
しかし、小規模ブルワリーの場合は、設備を大きくすることで別の負担が増えることもあります。
設備効率だけでなく、販売量や資金計画を含めて、自社に合った規模を考える必要があります。
ブルワリー経営を考えるうえで重要なのが、どこで売るかです。
同じビールでも、タップルームでグラスとして直接販売する場合と、卸売会社を経由して小売店へ販売する場合では、ブルワリーに入る金額や必要なコストが変わります。
直販では、卸売と比べて販売価格を設定しやすく、消費者との接点も持ちやすい傾向があります。
一方、卸売では1回の取引でまとまった量を販売できるため、販売地域や販売量を広げやすいという特徴があります。
| 直販 | 卸売 | |
|---|---|---|
| 販売単価 | 高く設定しやすい | 低くなりやすい |
| 販売量 | 来店客数に左右される | まとまった量を動かしやすい |
| 顧客との接点 | 持ちやすい | 間接的になりやすい |
| 店舗コスト | 発生する | 比較的抑えやすい |
| 物流負担 | 比較的小さい | 増えやすい |
どちらが優れているという話ではありません。
重要なのは、自分たちの事業でそれぞれの販路がどのような役割を持つのかを把握することです。
第3回では、アメリカでタップルーム型やブリューパブ型が、流通中心の小規模ブルワリーより比較的底堅いことを紹介しました。
タップルームでの販売は、卸売に比べて販売単価を高く設定しやすい一方、店舗運営に伴うコストも発生します。
そのため、直販価格だけを見るのではなく、店舗運営費を含めて収益構造を確認することが重要です。
ブルワリーが成長すると、売上高は分かりやすい目標になります。
しかし、売上が増えていても、原価や人件費、物流費などの負担によって、利益の残り方は異なります。
米国Brewers Associationの2024年財務ベンチマークでは、回答ブルワリーの粗利益率中央値は41%でした。
2019年の51%から低下しており、原料、人件費、エネルギー、物流などのコスト上昇が経営に影響していることがうかがえます。
同じ調査では、純利益率中央値は14%でした。
原価、人件費、家賃、物流費、設備費などを含めて、最終的にどれだけ収益が残っているかを見る必要があります。
どれだけ造ったかを見る数字です。
製造量だけ増えて販売量が追いついていなければ、在庫が積み上がっていないか確認する必要があります。
造ったビールのうち、どれだけ実際に販売できたかを確認します。
製造量と販売量の差を継続して見ることが大切です。
売上から、原料や包装資材など販売に直接必要な費用を差し引いた粗利益が、売上の何%残っているかを見る指標です。
自社タップルームや製造場での販売が、売上全体のどれくらいを占めているかを確認します。
直販比率が高ければよいとは限りませんが、卸売との収益構造の違いを把握するための参考になります。
クラフトビールは、長く保管すればよい商品とは限りません。
時間の経過によって香味が変化する商品もあるため、販売速度に対して在庫が多くなっていないかを見ることも重要です。
クラフトビール専門店では、10タップ、20タップといった多くのタップ数が魅力になることがあります。
しかし、小さなブルワリーが自社タップルームを運営する場合、タップ数を増やせばよいとは限りません。
例えば10種類を常時提供するには、それだけ仕込み、樽管理、メニュー説明、在庫管理が必要になります。
販売速度が遅ければ、樽が長期間つながったままになることもあります。
例えば、
のように、自社の販売速度や運営体制に合ったラインアップを考える方法もあります。
重要なのはタップ数そのものではなく、それぞれの商品が適切に回転しているかです。
製造業では、需要に対して商品が足りない状態は機会損失になる場合があります。
もちろん、常に品切れしていれば顧客を逃す可能性があります。
一方、開業初期など需要が読みづらい段階では、過剰在庫を避けるため、販売状況を見ながら段階的に生産量を調整する考え方もあります。
売れ行きを確認しながら次の仕込み量を調整することで、需要と在庫のバランスを取りやすくなります。
ブルワリー経営では、売上が少ない月にも継続して発生する固定費があります。
代表的なのは、
です。
設備や店舗を増やすと、売上拡大の可能性がある一方で、毎月必要となる固定費も増えます。
Brewers Associationの2026年の分析でも、米国のブルワリー経営では、生産量の拡大だけでなく、負債、スタッフ配置、調達、日々の運営を見直し、収益性を重視する考え方が示されています。
設備増設は、販売量や稼働状況、資金計画などを確認したうえで慎重に検討することが重要です。
経営では、「毎月どれくらい売れば固定費をまかなえるのか」を把握しておくと、日々の判断材料になります。
これが損益分岐点の考え方です。
例えば、毎月の固定費が100万円で、売上の50%が粗利益として残る事業なら、単純化して考えると月200万円程度の売上が固定費をまかなう一つの目安になります。
固定費100万円 ÷ 粗利益率50% = 売上200万円
実際の損益分岐点は、原価構成、減価償却、借入返済、税負担などによって変わります。
そのため、この計算はあくまで経営構造をイメージするための簡単な例です。
醸造所とタップルームを一体で経営していると、全体の売上だけを見てしまいがちです。
しかし、実際には、
では、収益構造が異なります。
例えばタップルームの売上が好調でも、卸売では物流費や販売条件によって利益率が低くなっていることもあります。
部門ごとに売上やコストを見ることで、どの販路を伸ばすかを検討しやすくなります。
アメリカのクラフトビール市場では、成長期に設備を拡張し、州を越えて流通させることが成功の象徴になりました。
しかし、現在はその考え方も見直されています。
2026年のBrewers Associationの記事でも、ブルワリー経営では生産量だけでなく、利益や事業の持続性を見る重要性が強調されています。
日本の小規模ブルワリーも、必ずしも全国流通や大型工場を目指す必要はありません。
年間製造量が大きくなくても、地域内で継続的に販売でき、必要な収益を確保できる事業モデルは考えられます。
地域の常連客、飲食店、観光客を中心に安定した販売先を作ることも、ひとつの方向です。
「前年より何%多く造ったか」だけでなく、「収益性はどう変化したか」「常連客や販売先が増えたか」といった視点も重要です。
クラフトブルワリーにとって、良いビールを造ることは大切です。
そして、そのビールを5年、10年と造り続けていくには、事業として継続できる仕組みも必要になります。
設備を大きくすることも、販売地域を広げることも、店舗を増やすことも、それ自体が目的ではありません。
自分たちの販売規模に合った設備で造り、継続しやすい販売方法を組み合わせていく。
その積み重ねが、ブルワリーを長く続けるための基本になります。
アメリカのクラフトビール市場は、大きく成長したからこそ、設備過剰、広域流通、競争激化といった課題にも直面しました。
日本は、その歴史を先に見ることができます。
日本のブルワリーがアメリカと同じ規模を目指す必要はありません。
地域の中で必要とされ、常連客が繰り返し訪れ、飲食店や観光施設とつながりながら、それぞれの地域に合った形で事業を続けていく。
そんなブルワリーが各地に増えることが、日本のクラフトビール文化を長く育てていくことにつながるでしょう。
第1回
アメリカのクラフトビール市場はなぜ曲がり角を迎えたのか
第4回
小さなブルワリーを事業として成立させる経営設計
本記事で示した数値や計算例は、ブルワリー経営の考え方を分かりやすく説明するためのものです。実際の設備投資、免許申請、資金計画、税務判断などについては、事業内容に応じて税務署、税理士、金融機関、設備事業者などの専門家へ確認してください。
また、米国の財務データはBrewers Association参加企業等の集計をもとにしたものであり、日本のブルワリーにそのまま当てはまるものではありません。
全4回・最終回
連載「アメリカから読み解く、日本のクラフトビール市場」
全4回を通じて見えてきたもの
良いビールを造る力だけではなく、誰に、どこで、どう届け、利益を残すかまで設計することが、これからのブルワリー経営では重要になります。アメリカの失敗と成功を、日本市場の未来を考える材料として活用してください。